取り組みの事例
ベテランの勘とコツを、質問で引き出して残す
カンやコツを言葉にするのは難しい仕事です。しかし会話と質問を通してなら、言葉として引き出せます。ベテランに独力で文書化してもらう代わりに、若手の疑問とAIの問いを束ねて、答えてもらう形にします。
- 全工程
- 22工程
- 初回の人間の工程
- 10工程
- 2回目以降の人間の工程
- 8工程
STEP 1
相談したい場面を集める
どのノウハウから残すかを、若手の困り事から決める
3工程
ベテランの技術を残したい、という話は、たいてい途中で止まります。
理由ははっきりしています。「マニュアルを書いてください」と頼まれた側が、いちばん困るからです。毎日当たり前にやっている事を、順序立てて文章にする。これは、作業そのものよりずっと難しい仕事です。しかも本人にとっては当たり前すぎて、何を書くべきかも分かりません。
そこで、頼み方を変えます。書いてもらうのではなく、**質問に答えてもらう**のです。
人は、白紙を渡されると何も出てきませんが、「ここで何を見て判断したんですか」と聞かれれば、すらすら答えられます。カンやコツは、会話と質問を通した時にだけ、言葉として外に出てきます。
この取り組みは、その「問い」を作る部分をAIに肩代わりさせる仕組みです。
では、どこから始めるか。ベテランの側からではなく、困っている若手の側から始めます。
「相談したい場面」を聞くアンケートを配る
社内にアンケートを配ります。聞くのは一つだけです。
「日々の仕事で、先輩に判断を相談したいと感じるのはどんな時ですか」
これは最初に一度だけ設計すればよい設問です。以後は同じ問いを、時期を変えて配れば済みます。
なぜここから始めるのか。ベテランに「何を残しますか」と聞くと、答えが出てこないからです。本人には、自分のどこが特別なのかが見えません。
一方、若手は自分が何に詰まっているかを知っています。「聞きたいけど、忙しそうで声をかけられない」「その人しか知らないから、いない日は止まる」そういう場面が、そのまま残すべきノウハウの一覧になります。
重要なのは、ここで集まるのが**教育すべき項目の洗い出しそのもの**だという事です。質問の中身が、そのまま教育の設計図になります。
集まった回答を似た内容ごとに束ねる
集まった回答は、言い回しがばらばらです。
「材料の取り都合の判断」「板取りをどう決めるか」「歩留まりの考え方」。書いた人は別々でも、聞いている事は同じかもしれません。
ここはAIが得意な仕事です。表面の言葉ではなく、意味が近いものを見つけてまとめます。同じ悩みが何人から出ているかも分かるので、優先順位の材料になります。
人がエクセルに貼って並べ替える作業を、まるごと肩代わりできる工程です。
作業系と判断系に仕分けて最初の1件を選ぶ
束ねた一覧を、二つに仕分けます。
一つは、**手を動かす作業に伴うノウハウ**。機械の段取り、工具の当て方、材料の扱い。見れば分かる部分が多く、動画が効きます。
もう一つは、**考え方や判断のノウハウ**。見積の出し方、値引きの線引き、お客様への返し方。手はほとんど動きません。動いているのは頭の中です。
この二つは、引き出し方が違います。ですから、この先の道もここで分かれます。
どちらから手を付けるかは人間が決めます。おすすめは「その人がいない日に、現場が止まる仕事」です。困り度がいちばん高い所から始めれば、効果がすぐ見えます。
STEP 2
作業を撮る(作業のノウハウ)
ベテランの手元を、一人称の動画で残す
3工程
ここからが、手を動かす仕事の道です。
やる事は「撮る」だけです。解説はしません。しゃべらなくて構いません。
ここが、この取り組みのいちばん大事な設計です。撮りながら説明してもらうと、それは結局「説明を作らせる」事になり、ベテランの負担が元に戻ってしまいます。
ベテランの作業を一人称の動画で撮る
ベテランにカメラを装着して、いつも通りに作業してもらいます。
一人称、つまり本人の目線です。手元がそのまま映るので、「この角度で当てる」「ここを押さえながら回す」といった、言葉にすると長くなる事が、映像では一目で伝わります。
撮影のために作業を止める必要はありません。普段の一回を、そのまま撮らせてもらえば済みます。
そして、繰り返しになりますが、解説は要りません。黙って作業してもらって構いません。説明は、後でAIが質問した時に、口で答えてもらいます。
AIが動画を見て作業の区切りに分ける
撮った動画を、AIが見ます。
ここで使うのは、映像そのものを認識して内容を文章にできる技術です。音声を聞くのではありません。解説音声が無いからです。映っている手の動き、道具の持ち替え、対象物の変化。そこから「ここでひとまとまりの作業が終わっている」という区切りを割り出します。
なぜ区切りが要るのか。20分の動画は、そのままでは誰も見返さないからです。知りたい事が3分目にあるのか15分目にあるのかが分からない。
区切りがあれば、後の工程で「この場面について質問する」という指定ができるようになります。質問と映像の、どちらもが同じ区切りの上に乗るわけです。
区切りごとに頭出しできる形で保管する
割り出した区切りを、そのまま飛べる形にして保管します。ここは自動処理の担当です。
やっているのは、動画の何分何秒からが何の作業か、という対応表を持たせておく事です。そうすると、後から「この工程が見たい」と指定した時に、最初から見返すのではなく、その場面から再生が始まります。
地味な工程ですが、これがあるかないかで使われ方がまるで変わります。「探すのが面倒だから見ない」を、無くすための工程です。
STEP 3
疑問を集める
若手の疑問とAIの質問を、一つのリストにする
4工程
動画が撮れたら、次は「何を聞くか」です。
この段が、この取り組みの心臓部です。ベテランに何を書かせるかではなく、ベテランに何を聞くか。そこにAIと若手の両方を投入します。
ベテランに何を問うかの観点を決める
質問の観点を、最初に一度だけ決めます。
- どこを見て、条件を判断しているか
- その工程を怠ると、どうなるか
- なぜ、その工程が必要か
この三つが基本の型です。現場によっては「失敗の兆候はどこに出るか」「昔と今で何が変わったか」を足してもよいでしょう。
ここで重要なのは、観点を**一箇所にまとめて持っておく**事です。質問文をその都度AIに考えさせるのではなく、「この観点に沿って、この場面について質問を作れ」と指示できる形にしておく。
そうすれば、現場ごとに観点を足したり削ったりするのが、その一箇所を直すだけで済みます。質問の質が、担当者の腕前に左右されなくなります。
若手が動画を見て疑問を書き出す
撮った動画を若手に見てもらい、疑問に思った事を書き出してもらいます。
ここで効いてくるのが、動画として残っているという事です。ベテランと若手が同じ時間に同席する必要がありません。各自が、自分の手が空いた時に、自分のペースで見て書き込めます。
「この時、何を確認してたんですか」「なんでここだけゆっくりなんですか」
こういう素朴な疑問こそ価値があります。新人が引っかかる所は、ベテランが**無意識に飛ばしている所**だからです。本人に自覚が無いから、自分では書けない。だから若手に見つけてもらいます。
AIも同じ動画を見て質問を作る
同じ動画を、AIにも見せて質問を作らせます。
なぜ若手だけでは足りないのか。若手は「自分が分からなかった事」しか書けないからです。分からない事に気づいていない部分は、質問になりません。
AIは、決めた観点を全部の場面に機械的に当てていきます。「この場面で、何を見て判断していますか」を、区切りの数だけ漏れなく出す。人間なら途中で飽きて雑になる作業を、最初から最後まで同じ密度でやります。
若手の疑問が「実感のある問い」、AIの質問が「網羅する問い」。この二つを合わせると、抜けの少ない質問リストになります。
重複をまとめてベテランへの質問リストにする
若手の疑問とAIの質問を、一つのリストにまとめます。AIが分類し、同じ事を聞いている問いを束ねます。
この工程の目的は、はっきりしています。**ベテランが答える回数を減らす事**です。
放っておくと、質問は数十件、下手をすると百件を超えます。そのまま渡せば、間違いなく途中で止まります。
ですから、似た問いは一本にまとめ、順番を作業の流れに沿って並べ替える。「聞きたい事の一覧」ではなく「答えやすい一覧」に組み直すのが、ここでの仕事です。
STEP 4
ベテランに答えてもらう
書くのではなく、声で答えてもらう
3工程
いよいよ、ベテランに登場してもらいます。
お願いする事は一つだけです。「この質問に、口で答えてください」
書きません。まとめません。資料も作りません。それが、この取り組みの約束です。
ベテランが質問リストに声で答える
質問を一つずつ出して、声で答えてもらいます。
文章にする必要はありません。言い間違えても、話が前後しても構いません。後の工程でAIが整えます。
原稿を用意して立派に喋ろうとしない事の方が、ずっと大事です。毎日その作業をやっている人が、普段どおりの言葉で話す。その方が、後から読む人にとっても分かりやすくなります。
そして、質問リストに無い話が出てきたら、止めずに聞いてください。「昔これで痛い目にあってな」という脱線の中に、いちばん残したかった判断が入っている事がよくあります。
答えてもらった音声を文字にする
話した言葉を、そのまま文字にします。ここは自動処理の担当です。
音声を文字に変換する技術は、この数年で実用の域に入りました。会議室での録音なら、ほぼそのまま読める精度が出ます。
ただし現場は事情が違います。機械が動いている音、離れた場所からの声、その会社にしかない専門用語。そのままでは間違いも出ますから、この工程の出口は「完成した文章」ではなく「人が直す前の下書き」です。
社内特有の言い回しや部品の呼び方は、あらかじめ一覧にして機械に渡しておく事ができます。そうすると、その語だけは間違えにくくなります。一度作れば、次からも効きます。
なお、音声の中身が社外に出ては困る現場では、外部に送らず自社の中だけで文字起こしを完結させる作り方も選べます。何を扱う現場かによって、ここは決め方が変わります。
回答と動画を合わせてマニュアルの形にする
文字になった回答と、元の動画を突き合わせて、マニュアルの形に整えます。ここはAIの担当です。
やっているのは、ばらばらの問答を、作業の順番に並べ直す事です。「この工程では、まずこれを確認する。理由はこう。怠るとこうなる」という読める流れに組み立て直します。
このとき、どの場面の話かを結び付けたまま持っておきます。読んでいて「実際の手つきが見たい」となった時に、その場面の映像へすぐ飛べるようにするためです。
文章と映像は、どちらか一方では足りません。映像は手つきを伝えますが、理由は伝えません。文章は理由を伝えますが、手つきは伝えません。両方が同じ場面に結び付いている事に、意味があります。
STEP 5
判断を聞き取る(判断のノウハウ)
手を動かさない仕事は、1問1答で引き出す
4工程
ここからは、もう一方の道です。
営業の現場、見積の現場、段取りを決める場面。手はほとんど動いていません。動いているのは頭の中です。
こういう仕事は、撮っても何も映りません。ですから、聞き方そのものを変えます。
アンケートから判断の質問リストを作る
最初のアンケートで集めた「相談したい場面」から、質問リストを組み立てます。ここはAIの担当です。
作業のノウハウと違って、元になる映像がありません。代わりの素材が、若手が書いた困り事です。
「この条件だと受けるべきか断るべきか、判断がつかない」「値引きをどこまでしていいか分からない」
こうした困り事を、ベテランが答えられる形の問いに変換します。漠然と「営業のコツを教えてください」ではなく、「こういう条件のお客様から相談が来た時、何を見て受けるかどうかを決めますか」まで具体にする。
具体的な問いにしないと、具体的な答えは返ってきません。ここでの言い換えの精度が、この道の成果をほぼ決めます。
1問1答でベテランに聞き、音声で記録する
質問リストを持って、ベテランに聞きに行きます。時間は1時間以内を目安にします。
ここが人間の工程です。1問聞いて、答えてもらって、次の問いへ。その繰り返しを、音声で記録します。
大事なのは、1問1答の形を崩さない事です。話が広がるのは良いのですが、どの問いへの答えなのかが分からなくなると、後で引けない資料になってしまいます。
そして、この形なら準備がほとんど要りません。ベテランに事前に何かを用意してもらう必要はなく、呼び止めて1時間、聞くだけで済みます。負担が軽いから、二回目、三回目が実現します。
音声を文字にして問いと答えを対応づける
録音した音声を文字にし、問いと答えが対応する形に並べます。ここは自動処理の担当です。
1問1答で聞いておいた事が、ここで効きます。どこからどこまでが一つの答えかが最初から決まっているので、機械が切り分けるだけで、問答集の形になります。
聞く形を決めておくと、整理の手間が消える。これは、他の工程でも繰り返し出てくる考え方です。
言い回しを整えて読める文書にする
問答の形になった文字を、AIが読める文章に整えます。
話し言葉は、そのままでは読めません。「これ」「それ」で済ませていたり、途中で別の話に飛んだり、言い直しがそのまま残っていたりします。
それを、意味を変えずに読める形に直すのがこの工程です。
ここで気をつけるのは、**内容には手を入れない**という事です。言い回しは直しますが、ベテランが言っていない事を足してはいけません。言っていない事が混ざった瞬間、この資料は信用できないものになります。
言い回しの修正と、内容の追加は、まったく別の作業です。その線は機械の側にも守らせます。
STEP 6
正本にして、聞ける形にする
本人が確かめたものだけを、社内の正式な答えにする
5工程
ここから先は、作業の道も判断の道も合流します。
どちらの道を通ってきたものも、やる事は同じです。本人が確かめ、会社として認め、聞ける形にする。
この段を省くと、せっかく作った物が「参考資料」で終わります。現場が信じて使える物にするための、最後の工程です。
ベテラン本人が中身を確かめて直す
出来上がった文書を、話した本人に読んでもらいます。
ここを省いてはいけません。AIが整えた文章は、読むと「それらしく」できています。しかし、話し手が言っていない事が混ざったり、数値が少しずれたり、現場では使わない言い回しになったりする事があります。もっともらしいほど、間違いは見つけにくくなります。
見るべきなのは、うまい表現かどうかではなく、事実として正しいかどうかです。
- 自分が言っていない事が足されていないか
- 数値や条件が変わっていないか
- 現場で実際に使う言葉になっているか
そして、読んでいる途中で「あ、これも言っておかないと」が出てきます。これが、この工程のもう一つの収穫です。自分の言葉を読み返した時に、初めて足りない所に気づく。白紙を前にした時には、絶対に出てこなかった部分です。
管理者が確認して社内の正本にする
本人が確かめた文書を、管理者がもう一度見て、社内の正式なノウハウとして確定させます。
なぜ二段構えにするのか。本人の確認は「言った通りか」を見る工程で、管理者の確認は「会社としてこれで良いか」を見る工程だからです。
見る所が違います。
- 他の部署のやり方と食い違っていないか
- 安全や品質のルールに反していないか
- 外に出してはいけない情報が入っていないか
この最後の一つは、機械には判断できません。取引先の名前、まだ公表していない工法、社内の事情。「これは載せない」という判断は、その会社の人にしかできない仕事です。
確認済みのものだけを検索の索引に入れる
確定した文書だけを、検索できる形に登録します。ここは自動処理の担当です。
この工程で、はっきりさせておく事があります。**検索で引けるのは、確認を通ったものだけ**という線です。
下書き、確認前の文字起こし、途中で没にした案。これらは検索に入れません。
理由は単純です。検索して出てきた答えが、確認済みなのかどうか分からない状態になったら、現場は結局その資料を信じられなくなるからです。使う人が「これは信じてよい」と思えるかどうかが、この仕組みの生死を分けます。
入口を一箇所に絞って、そこを通ったものだけが検索に載る。この線を、運用の心がけではなく仕組みの側に持たせておきます。
普段の言葉で聞けば該当箇所が返る形にする
「この条件の時、どう判断すればいいですか」と、普段の言葉で聞けば、該当する答えが返ってくる状態にします。ここは自動処理の担当です。
やっているのは、文書を検索できる形に並べ直す事です。このとき、二通りのやり方を組み合わせます。
一つは、意味の近さで探す方法。「歩留まり」と書かれた文書を「材料のムダ」という言葉でも引けるようにする、というものです。現場の人が使う言い方と、文書に書かれた言い方は、たいてい違います。
もう一つは、言葉そのもので探す方法。型番、部品名、社内でしか通じない略称。こういうものは、意味の近さより文字の一致で探した方が確実です。
この二つを両方走らせて、良い方を採る。そうすると、どちらの聞き方をしても目当ての所へ届きます。
そして返す時には、必ず出典を添えます。「誰の、いつの話か」が分かる形で返す。それがあるから、読んだ人が確かめに行けます。
社内で使ってもらい、感想を聞く
出来上がったノウハウ集を、社内に公開して使ってもらいます。
聞きたいのは「良かったかどうか」ではありません。
- 聞いたのに、何も返ってこなかった質問はどれか
- 返ってきたけれど、知りたい事と違ったのはどれか
- そもそも、聞こうと思わなかったのはなぜか
とくに一つ目が大事です。答えが返ってこなかった質問は、そのまま**次に残すべきノウハウの一覧**になります。
この取り組みは、一度やって終わりではありません。使われて、足りない所が出て、次の対象が決まる。その繰り返しで厚みが増していきます。
そして、ここまで来ると効いてくる事があります。ベテランが退職した後も、記録が残るという事です。数年後に「あの人ならどう判断しただろう」と思った時に、参照できるものがある。
本人が現役のうちに、聞ける状態で残しておく。それが、この取り組みの本当の目的です。
残ったもの
設備・製品が1件増えるたびに、
人がやるのはこの8つだけ。
人の手が要るのは22工程のうち10工程。うち2工程は最初の1回だけの準備。作業と判断で途中の道が分かれるので、ノウハウ1件ごとに人が動くのは、判断のノウハウなら5工程、作業のノウハウでも7工程だけ。
ご相談
自社の設備・製品でも同じことができるか、確かめませんか。
扱う点数や素材の状態を伺えば、どこまで自動化できるかをお伝えできます。