取り組みの事例
過去の見積を、引き合いのその場で引き出す
新しい引き合いが来たとき、似た過去案件をその場で引けるようにします。これは自動見積の仕組みではありません。ベテラン営業が頭の中でやっていた「あの案件に似ている」を、誰でもできるようにするものです。最終的な単価は必ず人が決めます。
- 全工程
- 20工程
- 初回の人間の工程
- 11工程
- 2回目以降の人間の工程
- 4工程
STEP 1
過去の見積を集める
どこまで遡り、何を並べるかを先に決める
4工程
先に、この取り組みが何ではないかを書いておきます。
これは自動見積の仕組みではありません。条件を入れれば金額が出てくる、という物ではないという事です。最終的な単価は、これまで通り人が決めます。
では何をするのか。ベテランの営業や見積担当者が、引き合いを見た瞬間に頭の中でやっている事があります。「これは、あの案件に似ているな」という照合です。あの時はいくらで出して、実際の工数はどれくらいかかって、受注できたのか、できなかったのか。その照合を、経験の長さに関係なく誰でもできるようにする。それがこの取り組みの中身です。
ですから、作るのは判断する機械ではなく、判断するための材料が3秒で出てくる状態です。
そのためには、過去の見積が「探せる状態」になっている必要があります。まずはそこから始めましょう。
どこまで遡るかを決める
最初に、扱う範囲を決めます。
ここで欲張らない事が大事です。「せっかくだから全部」と思いたくなりますが、まずは直近1〜2年分に絞ります。
理由は二つあります。一つは、古い見積ほど今の相場や設備の状況と食い違うので、参考にしにくい事。もう一つは、確かめられる大きさで始めないと、出てきた結果が妥当なのかどうかを人が判断できなくなる事です。
範囲を広げるのは、後からいくらでもできます。最初にやるべきなのは、狭くていいから「ちゃんと使える」状態を一度作る事です。
過去見積のありかを洗い出す
見積の元になる資料が、どこに何の形で残っているかを一覧にします。
多くの会社で、これは一箇所には無いはずです。見積書は共有フォルダ、実績原価は基幹システムの出力、提案の中身は担当者のパソコン。同じ案件の情報が、三つの場所にばらばらに置かれている事も珍しくありません。
ここは人の工程です。「あの案件の原価はどこを見れば分かるか」は、実際にその作業をしている人しか知りません。
そして、この洗い出しそのものに価値があります。どこに何があるか分からない、という状態が、そもそも探すのに時間がかかっていた原因だからです。
見積を並べる項目を決める
集めた見積を、どういう枠に沿って並べるかを決めます。
- 材質
- 寸法
- 加工法
- 数量
- 見積工数と、実際にかかった工数
- 単価
- 受注できたか、できなかったか
この枠が、後の工程すべての土台になります。なぜなら「似ている案件を探す」というのは、突き詰めればこの枠のどれとどれが近いかを見る事だからです。
枠に無い項目は、探す手がかりにもなりません。逆に、枠を欲張って増やしすぎると、埋まらない欄だらけになります。
決めるのは最初の一度だけです。二年目以降は、同じ枠に中身が入っていきます。
製品情報を書き起こして棚卸する
見積書には書かれていないのに、見積をするには知っていないといけない事があります。
「この製品はこういう理由で、この加工法しか使えない」「この材質はこの厚みを超えると段取りが変わる」「この客先はこの検査要求が付く」
こういう事は、頻度が少なく、一部の人しか知りません。そして、その人が席を外していると見積が止まります。
ここでやるのは、その暗黙の情報を文書として起こす事です。形式は問いません。箇条書きで構いません。大事なのは、頭の中にしか無い状態から、読める状態に移す事です。
この工程は地味ですし、時間もかかります。しかし、ここを飛ばすと「過去の数字は出るが、なぜその数字だったのかが分からない」という状態になります。
STEP 2
機械が読める形に直す
人が見るための表を、機械が引ける表に変える
4工程
集めた見積は、そのままでは使えません。
理由ははっきりしています。社内の見積表は、人が見て分かるように作られているからです。機械が読むようには作られていません。
見出しが二段になっている。セルが結合されている。「赤い文字は特急対応」というように、意味が書式に埋まっている。一枚のシートに複数の表が並んでいる。
人が見れば一目で分かるこれらが、機械にとっては全部が壁になります。この段は、その壁を外す工程です。
表の構造を読み取って崩れを洗い出す
まず、集めた表がどういう構造になっているかを機械に読ませます。
ここで重要なのは、見出しの言葉から判断させない事です。「単価」と書いてある列が本当に単価とは限りませんし、同じ意味の列が会社の中で三通りの呼ばれ方をしている事もあります。
ですから、見るのは実際に入っている値の方です。その列は数字なのか日付なのか文字なのか。値がどれくらいばらついているか。ほぼ全部が違う値なら、それは案件を見分けるための番号かもしれません。足し算して意味がある値なら、それは金額や数量かもしれません。そのセルに数式が入っているなら、それは元の値ではなく計算結果です。
こうした手がかりだけで、「この表は取引の記録」「この表はマスタ」「この表は集計結果」という見当が付きます。結合セルや、見出しの位置がずれている箇所も、この過程で洗い出されます。
決めた項目に列を対応づける
洗い出した列を、S1で決めた枠に寄せます。
ここはAIの担当です。「材質」「材料」「素材」「MAT」——同じ事を指しているのに書き方が違う、という状態を揃えます。帳票の書式が年度で変わっている場合も、同じように吸収します。
ただし、AIに丸投げはしません。迷った列は、勝手に決めさせずに「判断が付かなかった列」として残させます。無理に埋めた対応づけは、後で必ず変な検索結果になって返ってきます。
分からない物を分からないまま出してくる方が、この工程では正しい振る舞いです。
一行一件の表形式に変換する
対応づけが済んだら、素直な形に組み替えます。
目指すのは「一行が一件、一列が一項目」という、これ以上崩しようのない形です。見た目のための装飾は全部落とします。結合されたセルは、同じ値が入った複数の行に開きます。色や太字で表現されていた意味は、独立した列に起こします。
こうすると、人間にとっては読みにくい表になります。それでいいのです。この表は、人が読むためではなく、機械が引くためのものだからです。人が見るための見積書は、元のまま残しておきます。
変換結果を抜き取りで確かめる
変換が済んだ表を、元の見積書と見比べます。
全件は見ません。案件を何件か抜き取って、その数字が正しく移っているかを確かめます。
見るべきなのは金額が合っているかだけではありません。
- 桁がずれていないか
- 単価と合計が入れ替わっていないか
- 値引きや特急費が、どこかに紛れていないか
- 「受注」と「失注」が逆に付いていないか
ここを人が見る理由は単純です。この後の工程は、全部この表を正しいものとして動くからです。土台が一箇所ずれていると、その上で出てくる類似案件は、もっともらしい顔をして間違えます。
STEP 3
探せる状態にする
案件ごとに、言葉で引ける索引をつくる
3工程
表が整ったら、次は「引ける」ようにします。
並べただけでは、まだ探せません。条件を一つずつ絞り込む検索なら、表があればできます。しかし実際の引き合いで欲しいのは、そういう検索ではありません。
「ステンレスの、そこそこ薄い板で、穴が多くて、数量は数百」——この程度のぼんやりした条件で、近い案件が出てくる事が要ります。
案件ごとに検索用の一枚にまとめる
1件の見積を、一望できる一枚の形に束ねます。
見積書、原価の実績、提案の内容、受注できたかどうか。別々の場所にあったこれらを、案件という単位で一つにします。
なぜまとめるのか。探す時の単位が「案件」だからです。単価だけが出てきても判断できませんし、図面だけが出てきても値決めの参考になりません。「この条件で、この値段を出して、実際はこれだけかかって、受注できた/できなかった」という一続きで初めて材料になります。
意味と語句の両方で引ける索引を作る
この一枚の束を、言葉で引ける形に並べ直します。ここは自動処理の担当です。
引き方は二通りを重ねます。
一つは、意味の近さで引く方法です。書いてある言葉が違っても、意味が近ければ届きます。「薄板」と書いて「1.5t」の案件が出る、というのはこちらの働きです。
もう一つは、語句そのもので引く方法です。型番、材質記号、客先名のように、言い換えの利かない物はこちらで確実に当てます。
この二つは得意が逆です。意味で引く方は、固有の番号を苦手にします。語句で引く方は、言い換えを取りこぼします。ですから両方で候補を集めて、最後にもう一段、どれが本当に近いかを機械が並べ直します。
大事なのは、ここで文章を作らせない事です。出てくるのはあくまで「過去に実在した案件」であって、AIが書いた要約や、AIが推定した金額ではありません。実在した記録だけが返ってくる形にしておくと、出てきた物をそのまま根拠にできます。
手元の案件で試しに引いてみる
索引ができたら、人が引いてみます。
使うのは、答えを知っている案件です。「この引き合いなら、あの案件が出てくるはずだ」と言える物を選んで引きます。
見るのは、思った案件が上位に来るかどうかです。来なければ、揃え方か寄せ方のどちらかに原因があります。ここで一度確かめておかないと、実際の引き合いで使い始めてから「なんとなく当たらない」と言われる事になります。
STEP 4
引き合いが来たら使う
見積を始める前に、まず似た案件を見る
6工程
ここからが、毎日の使い方です。
やる事は一つだけです。見積作業に入る前に、まず似た案件を見る。それだけです。
繰り返しますが、これは自動見積ではありません。画面が出すのは過去の事実であって、今回の答えではありません。今回の答えを出すのは人です。
引き合いの内容を書き出す
届いた図面や依頼文から、材質・寸法・加工法・数量を手元の枠に写します。
全部埋める必要はありません。分かっている所だけで構いません。図面が来ていない段階の、電話一本の問い合わせでも引けます。
むしろ、そういう段階でこそ効きます。「その形なら、以前これくらいでやっています」と一次回答を返せるのが、この工程の狙いだからです。
似た過去案件を並べて返す
条件の近い案件が、一覧で出てきます。ここは自動処理の担当です。
一件ではなく、複数出す事に意味があります。一件だけ出すと、それが答えのように見えてしまいます。五件並べば、「この範囲に収まっている」という幅として見えます。
一緒に出るのは、その時の単価、見積工数と実績工数、そして受注できたかどうかです。特に最後の一つが重要です。出した単価が正しかったかどうかは、受注の可否と実績工数を見て初めて分かるからです。
どこが似てどこが違うかを添える
並んだ案件について、今回の引き合いとの違いをAIが言葉で添えます。
「材質と加工法は同じだが、数量が一桁違う」「寸法は近いが、こちらには表面処理が付いている」「同じ客先で、前回は特急対応だったため単価が高い」
なぜこれが要るのか。似た案件が出てきても、どこが違うかを見落とすと、そのまま数字を引き写してしまうからです。
差が大きい所ほど、値段が変わる所です。そこを先に指摘させておけば、見る側は「じゃあ数量の差をどう見るか」という本題からすぐに考え始められます。
ここでAIがやっているのは、比較して違いを言葉にする事だけです。「だからいくらにすべきだ」とは言わせません。
根拠にする案件を選ぶ
並んだ中から、今回の下敷きにする案件を人が選びます。
これは人の工程です。画面に出ている条件は、案件のごく一部でしかありません。その時の工場の混み具合、客先との関係、戦略的に安く出したのかどうか。そういった事情は表に載っていませんし、載せきれません。
「これは条件は似ているが、あの時は事情があったから参考にならない」——この判断ができるのは人だけです。
選ばれた案件は、後で「なぜこの見積になったか」を説明する時の根拠にもなります。
単価と工数を人が決める
最終的な数字は、人が決めます。
この一点は、仕組みの都合ではなく、この取り組みの設計そのものです。
過去の類似案件は、あくまで下調べです。今回の材料費がその時と同じとは限りませんし、設備の空き具合も、納期の厳しさも違います。何より、価格は経営の判断です。戦略的に取りにいくのか、無理はしないのか。これを機械に決めさせる事は、この仕組みではしません。
では何が変わったのか。変わったのは、決める人が持っている材料の量です。
これまでは、ベテランなら記憶から材料を出せて、若手は出せませんでした。これからは、どちらも同じ材料の上で決められます。決めるのが人である事は変わらず、決めるための足場だけが揃う。それがこの工程の意味です。
出した見積を次の検索対象に積む
今回出した見積と、その結果を、過去案件として積み上げます。ここは自動処理の担当です。
積むのは見積だけではありません。受注できたのか、失注したのか。失注したなら、なぜか。実際にかかった工数はいくらだったのか。
この後追いの情報が入って初めて、その案件は次の誰かの材料になります。逆に言えば、見積を出しっぱなしにして結果を戻さないと、蓄積は増えても質は上がりません。
使えば使うほど厚くなる、という状態にしておく事が、この工程の役目です。
STEP 5
確かめてから広げる
出方の妥当性を人が見てから、範囲を増やす
3工程
作った時点では、まだ「使えるかどうか」は分かっていません。
出てくる類似案件が的を射ているかどうかは、実際の引き合いで使ってみないと判定できません。そして判定できるのは、見積をやっている人だけです。
この段は、その判定を仕組みに戻して、範囲を広げていく工程です。
出てきた類似案件が妥当かを評価する
見積担当者に、実際の引き合いで使ってもらいます。
聞くのは「便利ですか」ではありません。
- 出てきた案件は、実際に近い案件だったか
- 出てきてほしかったのに出なかった案件はあるか
- 上位に出たのに、まるで見当違いだった案件はどれか
この三つ目が特に大事です。検索の出来は、当たった物より外した物の方がよく分かります。
ここは人の工程です。「この二件は条件表では似ているが、現場としては全く別物だ」という判断は、表の中の数字からは出てきません。
外した理由を集めて引き方を直す
人が「これは似ていない」と付けた判定を集めて、寄せ方を見直します。
見直すのは、たとえばこういう所です。
- 数量の違いを、どれくらい重く見るか
- 材質が違えば、寸法が近くても別物として扱うべきか
- 古い案件を、どれくらい下げて扱うか
こうした重みは、最初から正解が分かるものではありません。現場の判定が溜まってきて、初めて「この会社ではここが効く」という形が見えてきます。
ここで直すのは引き方であって、過去のデータではありません。記録は事実として動かさず、探し方の側だけを調整します。
整理する過去データの範囲を広げる
妥当だと確かめられてから、範囲を広げます。
順番が逆になってはいけません。まだ当たるかどうか分からないうちに十年分を整理すると、外れた時に、原因がデータの整理にあるのか探し方にあるのかが分からなくなります。
広げ方は二方向あります。一つは、遡る年数を伸ばす事。もう一つは、扱う帳票の種類を増やす事です。最初は見積書と原価表だけだったものに、提案書や図面の情報を足していきます。
ここまで来ると、副産物が見えてきます。過去の受注と失注が同じ形で並んでいるので、「どういう条件の時に失注しているか」が傾向として読めるようになります。最初の目的は下調べの短縮でしたが、揃えた事の効果はそこだけに留まりません。
残ったもの
設備・製品が1件増えるたびに、
人がやるのはこの4つだけ。
人の手が要るのは20工程のうち11工程。うち7工程は最初の1回だけの準備なので、引き合いが1件来るたびに人がやるのは4工程だけ。最終的な単価は、その4工程の中で必ず人が決める。
ご相談
自社の設備・製品でも同じことができるか、確かめませんか。
扱う点数や素材の状態を伺えば、どこまで自動化できるかをお伝えできます。